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第123話:八重歯

「え…」
なぎは目で「いつものと違うのって?」と訊いた。荒牧は答えないまま、なぎの小さな顎に指を添える。なぎは戸惑いながらも目蓋を閉じた。

いつものように唇を軽く重ねる。数秒だけ触れていた唇を離したかと思うと、また再び口付ける。触れては離す、幾度となく繰り返すと、なぎは息継ぎが出来ない様子で唇を開いた。同時に荒牧の唇がなぎの唇に強く押し当てられた。
「んっ…」
微かに震えながら、なぎは少しだけ身体を逃がす。荒牧はなぎを抱き寄せる。舌先がなぎの唇を押し開き、舌を探り当てた。

戸惑うなぎの舌先を、いささか乱暴に舐め上げ、絡ませる。なぎの歯並びを確かめ、八重歯を丹念に探る。幼い頃、その八重歯を指して「吸血鬼みたいだ」と言ってからかっては泣かせたものだ。
鼻先のなぎの顔を見張る。目蓋を固く閉じ、耐えているような表情だ。
荒牧はそっと唇を離し、解放してやると、なぎは潜水から浮上したように慌てて息継ぎをした。今度はその丸く張り出した額に優しく口付ける。なぎは「いつもと違う」荒牧の口付けに戸惑って眉を歪めた。
「…こういうの、知ってるか?」
「わかんない…」
「本当はこういう風にするんだ」
「…」
なぎは半開きのままの自らの唇を指でなぞり、恋人の顔を見つめた。
荒牧が囁いた。
「今、俺がやった通り真似してごらん」

なぎは言われるがまま立て膝になり、荒牧の肩に手を乗せて唇を重ねる。
しかし「真似をして」と言われても、なぎはなかなかその通りには出来ずにいた。促すように荒牧はなぎの腰を抱きすくめ、長い黒髪を優しく撫でる。
するとなぎは怖ず怖ずと荒牧の唇に割り入って、ぎこちなく舌を絡ませ始めた。
荒牧も湿った音を立てながらなぎの舌に応えた。
「んん…、ん…」
か細く呻き声を上げながらも、なぎは懸命に舌をひらめかせた。

なぎの舌は、荒牧の舌の縁を丁寧にかがり縫いするように探り、まるでからかうように踊る。思いの外、なぎの舌使いは巧みに思えた。
(あ…、やべ…。勃ちそう…)
皮膚が泡立って、下腹の筋肉が強張る。血の巡りが頬を熱くし、自身が充血していく。
荒牧は咄嗟に、なぎを突き放すように唇を離した。なぎは崩れ落ちるように荒牧の胡座の上に座り込んだ。
誰かと舌を絡め合うなど、なぎにとっては初めての経験であろう、額を荒牧の肩に伏せ、ジャージの胸にしがみついて小さく震えている。制服のスカートは捲れ上がり、白いハイソックスに続く太腿が露になっている。蒼白い皮膚は鳥肌に覆われていた。
荒牧は膝の上のなぎを再び抱き締め、激しく唇を吸った。なぎは脊髄を雷に貫かれたように激しく震える。唇を離しても、唾液の糸が二人の間を繋いでいた。

「…はは、上手い上手い。飲み込み早いな」
そんなふうに笑って、踏み込んだ事をごまかしてしまいたかった。
怯えたように見つめるなぎの顔を、荒牧は唇を手の甲で拭いながら覗き込んだ。
なぎは息を弾ませながら、唇を指で拭う。頬は赤らみ、高熱にうなされて夢を見ているかのような眼差しで荒牧を見つめた。
沈黙する部屋の中に、点けっ放しのテレビの音と二人の息遣いだけが充満していた。
なぎの反応に、荒牧はにわかに焦り出す。
「…嫌だった?」
乱れた長い髪を指でかき分けてやる。頬に触れると焼けるように熱かった。なぎは何も言わないまま、ただ恋人の顔を呆然と見つめた。
「まだ早かったか…」
「…変な感じ」
ようやく発せられたなぎの声は掠れて消えそうだった。ぎこちなく目をそらす。
「…でも気持ち良いだろ?」
「…うん」
なぎは「気持ち良い」と答えた自分に、はたと気が付き、荒牧の顔を窺った。

「…聡ちゃん」
「ん?」
「好き」
「うん」
「好き?」
「うん」
戸惑い、今更に気持ちを確かめるなぎが愛おしい。そんな率直な気持ちで荒牧は微笑み、なぎの髪を撫でる。
しかしなぎは泣き出しそうになりながら声を絞り出した。
「…やっぱり行きたくない」
「…」
荒牧の頬から笑みが消える。
なぎは荒牧の肩に両手を添えて引き寄せ、そっと言った。
「もっとする…」
何か言う間もなく、なぎの唇が塞ぐ。
侵入して来たなぎの舌に応えながら荒牧もわからなくなっていた。先刻、この気紛れをごまかしてしまいたいと思っていたのとは裏腹に、身体は自動的になぎを床に横たえさせていた。

腕を突いてなぎを見下ろす。濡れた唇を噛み締めて、なぎも荒牧を見つめ返した。
「なぎ」
「うん…」
「付き合ってたら何するか、わかるか?」
「…うん」
「これ以上の事するんだ」
「…うん」
「なぎの身体を全部、俺が見たり触ったりする」
「知ってるよ、どんな事するか」




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