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第53話:ポゼッション

荒牧と関口は礼拝堂の固いベンチに長身の身体を沈めて、他の生徒と同様に講義を聞き流す。
「超ねみー…」
天井を仰ぐように首を回して荒牧が退屈そうにあくびをすると、関口は静かに話し始めた。
「…シャケよ」
「ん?」
「最近どう?」

「ははっ?何?毎日会ってんのに」
呆れて笑う荒牧に、関口は少しの笑みも見せないまま黙って、手にした聖書を開いては閉じてを繰り返す。
「…ん?何がだよ?」
荒牧が急かすと、関口はうつむいたまま言った。
「カンちゃんな、帰ったぞ」
「…あ、そう。どうした?サボり?」
宗教科の教師が聖書の指定のページを開くように指示をする。荒牧も関口も適当なページを開く。
関口はうつむいて聖書に視線を落としたまま言った。
「…カン、俺が貰うけど」
「は?」
「良いよな?」
関口はそう言いながらいよいよ荒牧を見た。表情をうかがうような、睨み付けるような、絡み付く視線だ。

突然の関口の宣言に、荒牧は眉の端で反応する。
「…知らねえよ。そんなもん、カンに言え」
「一応シャケに断っとこうかと思ってな」
「へえ、マジか。惚れてんだ?」
「まあな」
「いつからだよ?遊びじゃねーだろうな」
荒牧に鼻で笑われ、関口は乱暴に聖書を置いて、いよいよ眼に怒りの光を込める。
「シャケさ、カンに何した?」
「あ?」
「何したっつーか、お前ら何してる?」
「…何って?」
「毎日学校で会って、塾も一緒で?でもそれだけじゃねえべ」
詰問に、荒牧は昼休みの乾と関口の様子を思い出す。乾は関口の袖を引いてうつむいていた。
「…乾は何て?」
「訊いても何も言わなかったけど、泣いてた」
「…」
「お前が泣かすような事してんじゃねえのかよ」
「…」

壇上の講師が賛美歌“あめつちにまさる”を歌うように指示をして、生徒らはゆるゆると立ち上がった。荒牧も関口も立ち上がるが、歌おうとする素振りもない。
荒牧は歌集で口元を隠し、前を向いたまま関口に告げた。
「乾はお前には無理だ」
「…何ぃ?」
「諦めろ」
「はあ?シャケにそんな風に言われる筋合いねえべ」
「…」
「てめ、何様だよ?カンはお前のモンじゃねえだろうが」
「…」
「…どうなってんの、お前ら」
関口の問いに荒牧は答えないまま、賛美歌を歌う。「こころにみなをば、しるしたまえ」と歌い終わり、「アーメン」と唱え、荒牧と関口以外の生徒らは着席した。
まだざわめく礼拝堂の端の席で、長身の二人が立ったまま睨み合う。
「単なるセフレ。…つったら?」
荒牧は口の端に笑みを浮かべ、その声は凍るようだ。
関口は、あまりに馬鹿げた荒牧の発言に思わず笑った。頬が引きつっていた。
「…はっ。はは…」

礼拝堂の後方の席に着いた宇佐美の目に、賛美歌が終わっても立ち尽くす荒牧と関口が目に飛び込んだ。
関口が手で顔を覆っている。どうやら笑っているようだ。次の瞬間、荒牧は関口に殴り倒された。
「ええっ?ちょっと!何してんの!」
宇佐美は反射的に叫んだ。荒牧と関口の周囲の女生徒らが悲鳴を上げる。
礼拝堂の階段に転がり落ちた荒牧に、関口は馬乗りになって更に殴った。
「てめえ…!」
絞り出すような関口の声が響く。まだ殴り足りない様子で振り上げた関口の腕を、駆け付けた宇佐美がつかんだ。
「もう!やめなよ、関口!何なの!?」
「こらあ、関口!何やっとるか!」
遅ればせながら教師らも駆け寄る。屈強な体育教師が関口を羽交い締めにし、礼拝堂の外へ連れ出した。
しばしざわめく礼拝堂で、宇佐美は倒れ込んだ荒牧を抱き起こした。
「大丈夫?どうしたの、一体?」
床に転がった眼鏡を渡しながら、宇佐美は荒牧の頬に触れる。殴られた左の頬骨には赤い痣が出来上がっていた。
荒牧は痛みに宇佐美の手を払い除けて呟いた。
「…知らねぇよ」




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