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第22話:疑惑のパサー

結局、ゲームは前半の終わり間際に中断される事になる。

特進クラスがスローインしたボールは、お決まりのように荒牧に渡った。普通科の男子らは、荒牧と宇佐美の速攻を予測して、ボールに背を向けてコートを走り戻る。
荒牧は、相手ゴール下へ向かう宇佐美に遠投しようと片手で思い切りボールを投げた。

22_Childhood_friends

そのボールが目黒の後頭部に命中したのだ。
目黒は声も出さずに痛みに悶絶すると、頭をさすりながらゆっくりと荒牧を振り返った。
「ありゃ、すんませーん」
荒牧は目を細めながら、しかしはっきりと目黒を見据えてニヤけた。人に謝る態度ではなかった。
「…てめ、いい加減に…!」
目黒はあっと言う間に荒牧に馬乗りになると、拳で顔面を数回殴った。荒牧の鼻血が辺りに飛び散る。
「おい、目黒!」
体育教師の怒号が響く。宇佐美もゴール下から叫んだ。
「ユキ!やめろ!」
出血するほど荒牧を殴る目黒を、教師が羽交い締めにした。瞬く間に目黒は職員室へ連行された。
宇佐美もようやく駆け付ける。荒牧の体操服は既に血で染まっていた。
「大丈夫!?」
「ははは…、あー、痛ぇ…」
荒牧は左目を押さえて悶絶し、笑っていたその顔は徐々に苦痛に歪んだ。


───昼休みの教室では、その一部始終を説明する宇佐美の声を、後藤も関口も黙って聞き、他のクラスメイトも聞き耳を立てていた。
荒牧は学校の隣りの病院へ行ったまま、未だに帰って来ない。

俺ら、幼稚園から一緒でさ。ずっと仲良かったんだ…
小学校からはミニバスも一緒に入部して…、
ユキが…、目黒が中学の頃からグレて…ってほどじゃないけど、
煙草吸って停学食らったり、カンジ悪くなって…。
俺はチビだし、全然、上手くなかったけど、あの二人はずっとレギュラーだったんだ。
シャケは次期部長候補だったのに…、まあ、辞めちゃって…。
それでユキもやる気なくしたのかも。
何であんな風になっちゃったんだろう…

目黒由貴の事を、宇佐美は“ユキ”と呼んだ。下の名前の漢字を音読みしただけのあだ名は、小学生の頃からの呼び方だそうだ。今も目黒を名前やあだ名で呼ぶのは、この高校内ではもう荒牧と宇佐美だけだった。
宇佐美はレギュラー入りした経験がないながら、二番・シューティングガードという、れっきとしたポジションを持っていた。相手方にカットインし、パスを渡されたならシュートを確実に決め、スリーポイントシュートも女投げながら成功率が高かった。


そこに至るまでの事情を説明する宇佐美は、今にも泣き出しそうだったが、
「パスがユキの後頭部にモロに当たった」
と、そのくだりで吹き出した。殴られた荒牧の出血大サービス…、流血大惨事も、見た目より大した事がなかったようだ。
「は?パスミス?下手なんじゃん?」
試合を見ていない後藤ら女子は、荒牧と宇佐美がバスケを得意としているのがいまいち信じられない。いつもは眠そうに緩慢とした動きをする荒牧と、乙女チックになよなよした宇佐美なのだから当然だった。
「いや、ブランクあるけど、だいぶ上手い方だよ」
宇佐美の言葉に、全てを見ていた関口も同意する。
「うん、ウサもだけど、あんな機敏な動きのシャケ、見た事ない」
「へー…、見たかったなあ」
後藤が感心していると、関口が思い出したように言った。
「つーか、今日、眼鏡かけてないから」
遅刻した荒牧を見た宇佐美が、真っ先に裸眼である事を責めていたのを、確かに後藤も見ていた。
「シャケ相当、目悪いべ?だから敵と味方、間違えたんじゃねえ?」
関口の説に宇佐美は首を傾げながら言う。
「敵と味方くらいベストの色でわかると思うけど…」
「…じゃ、わざと?」
後藤は言いながら、何かを期待をして頬が緩んでいた。宇佐美が戸惑いながら答える。
「でもユキかどうかまではねえ?あいつら全員デカかったし」
裸眼の荒牧には、同じような背丈の後ろ姿のどれが目黒かを判別するのは無理だ。しかし後藤は食い下がる。
「ねえ、わざとだとしたら…?」
「えー?」
「天然じゃねーの?」
宇佐美も関口も、荒牧がわざと喧嘩を吹っかけたようには思えなかった。
「どう…かなあ…?」
顎を撫でながら宇佐美が首を傾げる横で、後藤は堪えきれずに吹き出す。
「わざとだと思いたい」
「何で?」
「カンちゃんの仕返し」
怪訝そうな宇佐美に、後藤は満足そうに笑って言った。関口はやはり否定的だ。
「…そういう事するタイプかね、荒牧」
「…」
宇佐美は黙ったまま、身体を揺すって何かに思いを馳せていた。
「いや、ここはそういう事にさせてよ」
後藤は独り言つ。どうしても、荒牧がわざと目黒を怒らせた事にしたかった。そうでいて欲しかったのだった。
「…」
宇佐美はとうとう答えなかった。

荒牧はまだ病院から帰って来ない。雨脚は強さを増していた。




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