第3話:空席のまま
四時間目終了のチャイムが鳴ると生徒らは図書館の前の自動販売機がある小さな庭へ駆け出す。
昼食は通例、“赤弁”と呼ばれる赤い箱の仕出し弁当が標準食とされ、代金は学費に含まれているが、「おかずがじじムサい」など、生徒らの評判が芳しくない。
昼食前、校外からやって来るパン業者の前には黒山の人集り。列を成すと言う秩序もなく、奪い合うようにパンを購入する生徒らで、正午過ぎの自動販売機前は殺伐としているのであった。
後藤はいつものように赤弁を食べながら、荒牧に言う。
「このまま来ないんじゃない?乾は」
今日も特進の女子の出席番号一番は空席のままであった。
「あ、昨日、塾で会ったんだよ」
「え」
赤弁の定番のおかず・イカと里芋の煮物が、後藤の箸からつるりと逃げる。
「たまたま同じカリキュラム取ってた」
「へー」
「全然、カンジ悪くなかったけど?」
「うそお」
「ずっと喋ってたけど、普通にニコニコして」
「ええ?挨拶もしない奴だよ?」
「人を選んでるんじゃねーの?」
ニタリとしながら荒牧が嘲弄すると、後藤は赤弁のご飯のフタを荒牧の頭に載せ、更に撫で付けて攻撃する。フタの水滴でその酷い寝癖でも直せ、と。
パン争奪戦を終えた宇佐美と関口が教室に踊り込む。人気の手作り焼きそばパンを買う事が出来たようだ。
クラスの男子で一番の長身の関口と、逆に一番小柄な宇佐美が並んでいる様を、荒牧は“デコボコ珍道中”と呼ぶようになる。
その二人に荒牧も加わると、他の生徒らからは“凹”と言われるようになる。形がそっくりだ、と。そんなたたずまいの三人の男子。
宇佐美は自分の席に座って、どうしても上手く煮物がつかめない後藤に問いかける。
「誰の話?」
荒牧は赤弁のフタをようやく頭から外して言う。
「女子の一番の乾さん」
関口が焼きそばパンのラップ包装を取り去るのに手こずりながら口を挟む。
「知ってる。結構、美人な…」
「そうそう」
「何かヤル気出るわー」
「なー?だろー?」
初めてまともに話をするとは思えないくらいの意気投合っぷりを見せる荒牧と関口であった。
関口はこの高校の近くから自転車で通学している。焼きそばパンを頬張りながら、地元民丸出しの語尾で続けた。
「でも乾さんて、イジメられてんだべ?」
「え、そうなの?」
荒牧は驚いた様子で関口を見て、次に後藤にも目を向ける。後藤は煮物との格闘を続けている。
宇佐美は空席を眺めて言う。
「それで来ないのか」
ようやくイカの輪切りをつかんだ後藤は、どうしても乾を認めたくないかのように繰り返す。
「ああー…。カンジ悪いからじゃない?」
「だから悪くなかったって」
「登校拒否か。中学の時と変わらんじゃないか」
反論した荒牧に、駄目押しとばかりに後藤は吐き捨てた。
荒牧は昨日の、消え入りそうな声とぎこちない笑顔で答える乾を思い出していた。
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