« 第0話:二年三ヶ月後 | トップページ | 第2話:ふたり »

第1話:春眠

延々と続く梨畑、その安穏とした風景に突如として現れるのは十字架を頂いた赤い屋根の礼拝堂。
最寄り駅からはバスで十分、国道が混んでいれば三十分近くかかる不便な立地に村上学院高校はある。
県内の偏差値レベルでは中の中、進学率も国公立、私立、各短大を合計しても五割そこそこと言った、中堅の私立高校である。

ここでは、一年生の三学期に行われる中間・期末試験結果は、二年生への進級において重要な意味をなす。
二年生からは、一組から順に成績順に編成されてる。つまり組の数字が若ければ若いほど好成績なのだ。
クラス委員も成績順。一位の生徒が委員長、二位と三位が副委員長を務める。
テスト毎に実名のランキングが点数と共に廊下に貼り出される。
数年前、この私立高校の経営陣が一掃して以来、クラス編制の仕組みが変わったのだった。
中の中と言われる私立高校が、中の上、それより上を目指す為の必死とも取れるシステム。生徒達は自嘲の意味を込めて“成績至上主義”と呼ぶ。
一組は特別進学クラス、通称“特進”と呼ばれ、生徒全員が四年制大学への進学を目標とする。
三年生にもなると、特進は二組以降の“普通科”と呼ばれる生徒らとは授業の構成も異なる。

陽光降り注ぐも、白い花を成した梨畑を撫でる風は冷たい四月上旬。
一組、すなわち特進の教室は昇降口の真上の二階にある。校門に臨む窓が微かに開き、カーテンが踊っていた。
始業式の開始よりも早々に、生徒もまだまばらな教室に現れたその男子は、どちらかと言うと長身の部類に入る身体で緩慢とした動きをし、しかし迷う事なく五十音と男女の順に配された席順の自分の席に着いた。
窓際の最前列、出席番号一番の荒牧聡吾は時間を持て余して窓の外を眺める。その席からは礼拝堂の十字架が見えている。
荒牧は頬杖をつき、眼鏡の横の隙間から指を差し込み、目をこする。あくびが出る。涙が出て、また目をこする。白いイヤホンを耳に詰め直し、目を閉じる。窓からの暖かい日差しに眠りを誘われて、うつらうつらとしている。

「お、早いじゃん!」
教室の後方から甲高い声が上がる。
おかっぱ頭をした小柄な男子・宇佐美宗緒は荒牧の背中を見つけるや、共に登校した関口正人を放り出すように駆け出す。
荒牧の真後ろの席に自分のカバンを置き、華奢な腕で荒牧の肩をやにわにかき抱く。
「シャケ!よいしょー!」
荒牧のあだ名を叫ぶ。宇佐美の抱擁に驚いて、ようやく荒牧はイヤホンを外し、抱き着いた主を振り返る。
宇佐美は荒牧の肩を揺さぶり、頬擦りもせんばかりに顔を近付ける。
「卒業まで一緒だ!もー、超嬉しい!」
荒牧は宇佐美の腕を引き剥がし、呆れて笑う。
「よせ、気色悪い。ほとんど毎日会ってるだろうがー」
宇佐美とは一年生の時に同じクラスだった関口も、その様子に呆れて笑う。
特進に間違いなく入るであろう幼馴染みと、今日から同じクラスになるんだという喜び。その為に入学時から常に高レベルの成績を残せるよう勤めた努力の程。宇佐美が朝からとくとくと語る中、関口は登校したのだった。

1_ara_u_seki

礼拝堂での始業式を終え、生徒らは三々五々、各教室に戻る。
特進の担任教師・薮崎は出欠席を取り終わると、上履きにしているミュールで硬質な音を立てて教室の前方を左右に歩き回り、特有の語尾を伸ばす口調で特進の心構えを謳い上げる。
「今日から皆さんはー、村上の精鋭でありますのでー、卒業までおのおの肝に銘じてー、気を引き締めて毎日をー…」
その最中、窓際の最前列で荒牧が船を漕ぐ。薮崎は話を続けながら出席簿の角で荒牧を小突く。
それでも大あくびをして、再び頭を垂れる。荒牧はそういう男だった。

心構えを一通り話し終え、薮崎は押し付けるようにクラス日報を荒牧に渡す。
「荒牧、日直だからね」
先ほどの“新学年の初日から朝のホームルームで居眠り”という態度で、既に薮崎は荒牧に敬称を付けない事にしたようだ。
何かと気にしない性質の荒牧は、ふぁーい、と、曖昧な発音で返事をする。
通常、日直でペアを組むのは同じ出席番号の男女だが、女子の一番は欠席であった。
「誰か女子、代役お願い」
薮崎が言うと、荒牧は振り返って生徒らを見回す。
「じゃあ後藤、良い?」
荒牧が指名した後藤紀子は特進クラスの委員長である。すなわち学年の成績トップの生徒だ。
「えー?…しょうがねーなー」
後藤は、小柄で黒目がち、長い髪を二つに分けて耳の下で結わいた愛らしい見た目には相応しくない男言葉で荒牧に答える。

1_ara_go

放課後、黒板を綺麗に磨き上げ、クラス日報に記入をしながら荒牧は後藤に言う。
「結局、後藤とは三年間一緒か」
「よろしく」
「いつか抜かすんで、よろしく」
「シャケには無理だと思われますんで、よろしく」
二人は入学時から同じクラスで、校内の各種委員会も共に務めて来た仲だ。
担任教師の話を居眠りして聞き流して、成績至上主義をバカにしているかのような態度でも、入学してからずっと学年三位という定位置のままの荒牧は、常にトップの座を譲り渡さない後藤をライバル視していた。
傍目から見て素っ気ない、冷たいようなこんな会話のやり取りも、二人にしてみればいつもの慣れたノリ。男子のような喋り方で、成績に関してはシビアなスタンスを持つ後藤とは、気が置けないと荒牧は感じていた。

本来、日直当番を務めるはずであった女子の席をぼんやりを眺めて荒牧は言う。
「初日から休むってアレだよな」
後藤もそれをちらりと見ながら、
「ああー…。大丈夫かね、この人」
心配するかのような言葉とは裏腹に、視線に軽蔑に似た感情を込めていた。
「乾さんだっけ?知ってる?」
「知ってるも何も、中学でずっと同じクラスだった」
「へーえ。どんな?可愛い?」
「いきなりそれかい。…可愛いよ。美人」
後藤の言葉に、
「おおー、テンション上がるじゃないすかー」
荒牧はにわかに嬉々とする。後藤はそれを塗りつぶすように続ける。
「いや…、たぶんテンションは下がる」
「何で?」
「ちょーカンジ悪いんだよ、こいつ」




『もくじ/登場人物/あらすじ』へ


前回『第0話:二年三ヶ月後』へ

次回『第2話:ふたり』へ




ブログランキング・にほんブログ村へ   オンライン小説/ネット小説検索・ランキング-HONなび 

 

2年生1学期 |

« 第0話:二年三ヶ月後 | トップページ | 第2話:ふたり »